深呼吸倶楽部 しんこきゅうくらぶ 城戸真亜子 アート散歩 美術館 第4回 東山魁夷開館20周年記念Ⅰ 「白い馬の見える風景」


●城戸真亜子(きど まあこ)
画家。武蔵野美術大学油絵学科卒業。
1981年 女流画家協会展、1988年VOCA展入選。
1986年よりほぼ毎年個展開催。近年は「水紋」をテーマにした作品を制作。
1997年 京都木津にオブジェ
1997年 東京湾アクアラインPA海ほたるに壁画
1998年 静岡駅ビルに壁画
2005年 荒川区南千住の再開発地にオブジェなど、パブリックアートも多数製作。
画業のかたわら食器デザイン、エッセイ執筆、テレビ出演など幅広く活動を展開。
◆城戸真亜子公式ホームページ http://www.maako.jp/
第4回 東山魁夷館開館20周年記念展Ⅰ 「白い馬の見える風景」
緑がハーモニーを奏でているかのような森の中を、一頭の白い馬がゆったりと歩んでいく。馬の影と木々の深い影が、さざ波ひとつない鏡のような水面に映えている――日本画の大家、東山魁夷の名前とともに誰もが思い浮かべる、あまりにも有名なあの絵。≪緑響く≫(1982年)という、美しい名前の絵を見たいとかねてから思っていました。そのきっかけは、長野にスケッチをしに行ったときのことに遡ります。
数年前に、諏訪の美術館で展覧会を開くことになり、せっかくの機会なので長野の風景を描いて出そうと思い、長野にスケッチに通っていた時期があります。奥蓼科の御射鹿池(みしゃかいけ)を訪ねてスケッチをしていた時に、ここは東山魁夷もスケッチしたところなのですよと教えてくださった人がいました。そのとき「ああ、そういえばあの絵のことだ」と、この《緑響く》を思い出したのです。その後、長野に東山魁夷の美術館があると聞いて、一度訪ねてみたいと思っていました。
横浜に生まれ、神戸で少年時代を過ごした東山魁夷(1908-1999)は、東京美術学校の1年生のときに木曽の御岳山に登り、初めて信州の自然と人に出会って以来、長野県に取材した風景画を数多く制作しています。魁夷は、四季の変化が美しく、山や湖、川、渓谷と地形の変化に富んだ長野県を「作品を育ててくれた故郷」と呼び、終生深く愛しました。
1987年、千葉県市川市の自宅に保管していた作品や習作、下絵など500点余りを長野県に寄贈したことを機に1990年に東山魁夷館が開館しました。東山魁夷は自身の作品を収める美術館の植栽に日本的な松だけではなく、留学していたドイツなどで見られるような針葉樹を入れてほしいといったリクエストなどもして開館を迎えたそうです。今では約960点ほどの所蔵品があり、1年間に数回展示替えを行っているそうですが、今回は開館20周年記念ということで、企画展として「白い馬の見える風景」が開催されています。
東山魁夷 白馬亭 1969年東山魁夷といえば、誰でもが名前を思い浮かべるような日本画の大家の一人なのですが、その作品をじっくりと観たことは実はこれまでありませんでした。今回は同館副館長 横山勝彦氏にご案内を頂きながら、順に見て行きます。
最初は、東山魁夷のスケッチが展示されています。人柄がにじみ出るような柔らかなタッチで描かれたスケッチを見ると、こちらの気持ちまでが和んでくるようです。ヨーロッパの町並みを描いた作品の前で横山氏は足を止め、「これは オーストリアの町の看板を描いた作品ですが、この画面の切り取り方、変わっているでしょう?」と指をさされました。 確かに、白馬亭というホテルの看板(ここにも白い馬がいました!)を 画面上部に描き、画面の下半分には尖塔とドームの屋根が描かれています。
「東山魁夷は自分の興味を覚えたもの、つまり看板だけを切り取って描いていますが、これは写真でいうスナップショットですよね。伝統的な絵を描く人はこんな構図にはしないでしょう。」
東山魁夷の作品には、説明的なものがなく対象をそのままに描くという特徴があるそうです。
また構図についても、日本画家でありながら、洋画を意識したような、新しい絵のスタイルを常に模索していたようです。
「東山魁夷をはじめ、当時の日本画家たちは、古典的な絵画を離れ、新しい日本画を創ろうとしたのです。」というお話に思わず深く頷きました。
東山魁夷 緑響く 1982年さて、いよいよ「白い馬の見える風景」の連作です。
「白い馬の見える風景」は、東山魁夷の代表作ですが、その内容は「白い馬を伴う風景」で、初めは連作として意識したものではなかったそうです。
1973年に東京の銀座松屋で「白い馬の見える風景」展が開催され、同時に出版された『画集 白い馬の見える風景』が広く人気を集めたことを契機に連作としての人気が高まったそうです。私は「白い馬の見える風景」の連作のなかでは、もちろんこの≪緑響く≫を見たいと思っていました。
ファンが多いというだけあって、改めて見てみると、静謐で、たいへん綺麗な作品です。説明的なものは一切なく、ただ目の前に翡翠のような緑の森のグラデーション水面への映り込み―リフレクションが響きあうように繰り返されている・・・・そこに感じるものはグルーヴ感です。

淡々と同じような形が繰り返されることで生まれるリズムは、見る者を画面の奥へと吸い込んでいくようでおもしろいと思いました。東山魁夷は、自身の言葉の中で音楽に言及したり、詩のようなフレーズを作品に添えたりしています。そのせいか、彼のファンは、絵画の好きな人だけではなく音楽や詩の愛好家も多いようです。繰り返される形が生みだすリズム・・・それが音楽や詩の韻律に通じるのかもしれません。
この作品の舞台として、東山魁夷がスケッチをした場所が、奥蓼科の御射鹿池です。作品の印象では森の奥深くの神秘的な沼のように思えますが、実際の御射鹿池は道路のすぐ脇にあり、気付かずに通り過ぎてしまいそうな場所。立ち止まってよく見ると木立の様子や映り込みはあの作品の感じそのままなのですが・・・≪緑響く≫として描かれた風景は現実の世界とは違う、いわば東山魁夷の心象風景なのだと作品を前にして実感しました。
《白馬の森》(1972年)もとても有名な作品なので、ファンの方も多いのではないでしょうか。
蒼い蒼い森の中にたたずむ白馬。非常に幻想的な馬の姿です。連作で描かれる白馬はどれも象徴的で幻想的なのですが、特にこの作品の白馬は、あたかも妖精のように描かれています。
白々として浮かぶような木立ちも、半透明で重なり合うように描かれ、この風景全体が水の中の世界なのかなと思うくらい不思議な作品です。『画集 白い馬の見える風景』には、「白馬は風景に対抗するものではなく、むしろ、風景の静けさを乱すのを恐れるかのように息づく」と自身、評されているそうですが、ひそやかに、しずかに・・・まさに馬に託した東山魁夷の心の動きが切り取られているようです。 東山魁夷 白馬の森 1972年
連作の最後に≪綿雲≫(習作/1972年)という雲の中に白馬が溶けて消えてゆくような作品が展示されています。
めぐる季節の中、さまざまな場面に登場した白馬は、見る人に何かを語りかけながら最後は空に消えてゆきます。
東山魁夷は、あの馬は何を表しているのかという問いに、いつも「それは見る人の自由ですよ」と答えていたそうですが、白馬はそのときそのときの彼の心の内、願いや祈りを表したものであったのだと思います。
この展覧会では、最晩年の≪月光≫(1998年)という、青白い雪景色のなかに白い木立が描かれた非常に静かな印象の作品が展示されていますが、その静けさに通じるものがあるように感じました。≪月光≫に描かれた静けさもまた、東山魁夷の心象風景であるなら、最晩年の彼は画布に向かい何を思っていたのでしょう。
東山魁夷 水辺の朝 1972年さて、連作のなかで、私がとても心を奪われた作品は、
≪水辺の朝≫
(1972年)という、直線的な葦のむこうに白い馬がいるのをこちら側から垣間見る、といった風景画です。
朝もやに煙るような水辺の空気感が伝わってきます。私が自身の作品テーマに選ぶ水や湿度に近いものを感じました。
僭越ながら同じようなところに心を動かされる人だったのかも…と思いました。
蒼い風景、湿度を含んだような風景は全体的に柔らかくモワッとしているのですが、手前に葦の直線を、まるで弦楽器の弦のように描くことで画面に緊張感が生みだされています。

日本画では、たとえば、竹林や杉林のように 垂直方向に繰り返される直線的なモチーフが描かれることが多々あるようですが、それは日本人特有の美の感覚なのかもしれません。

東山魁夷は、≪道≫のようにシンプルな風景に美しさを感じる人だったのだと思います。
色にしてもにぎやかにたくさんあるよりも単色を。多く描いている木立も、同形のものを緑や青のグラデーションとして繰り返し描かれていますし、紅葉を描くときでさえも、黄色だけを取り出し樹木の幹の黒色と響かせて描いてみたり。
きっと作品づくりは何枚ものスケッチを前に、色も構図も整理して無駄をそぎ落としていくようなストイックな仕事だったのではないでしょうか。ですから逆に旅先でのスケッチのほうは、自由ににぎやかに描かれていて微笑ましく楽しいものに思えます。

東山魁夷は、80年代前半に唐招提寺の壁画を手がけています。その制作過程としてスケッチや1/5サイズの下書きなどを見ることができました。山々の峰に湧き立つ雲海―そのスケッチはまるで写真のような緻密さで、迫ってくるような迫力のあるものです。そこには音楽や文章などが入っていく余地がなく、雄々しい自然、現実だけがもつ神秘性のみが横たわっています。この壁画の制作過程を見ると、なぜ彼はこういう方向の作品づくりをしなかったのだろう、と不思議に感じました。
そこには作家としての葛藤を乗り越えた末の決意もあるのでしょう。あるいは彼自身の人としての優しさのあらわれなのかもしれないと想像します。
例えば心象風景の中の白い馬も、鑑賞者を作品世界に導くためのガイド的な役割のようにも思えます。
対象を固有のものとして説明しすぎず、簡略化して描くことにしても鑑賞者は自由に自分の思い出や空想の世界に重ね合わせて入っていきやすいように、という優しさのように思えるのです。

東山魁夷作品には個人の所蔵家も多く、一般に公開されない作品もあると聞きました。自分の想いがここにある、自分だけの風景として手元に置いて、自分と作品の関係を深めたいと切に願うような深い魅力に満ちているのもそのせいなのではないかと思います。
今回改めてたくさんの作品を見て、東山魁夷が洋画風な作品を意図的に数多く描いており、それが日本画の未来を見据えた革新的なことだったのだ、ということを知りました。にもかかわらず現在、私たちは日本画というと古典の世界のように思ってしまいがちですし、私は自分で絵を描いていながらも日本画にはあまり触れ合う機会がないままです。
最近では千住博さんのように世界レベルで注目されている作家も多く輩出されていますし、日本人独自の美の捉え方を改めて知るきっかけにもなると思いますので、ぜひ皆様も日本画の展覧会に足を運ぶ機会を増やしてみてはいかがでしょうか。
東山魁夷館でも、その目線の新しさや、絵に込めた想いなど、興味深い発見がたくさんありました。

最後になりましたが、東山魁夷館ではギャラリートークや、参加者と学芸員の方が楽しくおしゃべりをしながら作品を鑑賞する「おしゃべりさんぽ」などの企画も行われています。いろいろなイヴェントを上手に利用する方が多くなれば、美術はもっと身近な楽しみとして生活の中に定着していくに違いない!と思いながら、展示室を後にしました。

■東山魁夷館開館20周年記念展Ⅰ 「白い馬の見える風景」
会期 2010年7月15日(木)~9月28日(火)
会場 長野県信濃美術館 東山魁夷館(長野市箱清水1-4-4 善光寺東隣・城山公園内)
休館日 8月25日(水)、9月の水曜日
開館時間 午前9時~午後5時(入館は閉館30分前まで)
観覧料 一般当日600円ほか
主催 長野県、長野県信濃美術館
一般問合せ 026-232-0052
美術館サイト http://www.npsam.com
2010年10月1日(金)~11月30日(火)、東山魁夷館開館20周年記念展Ⅱ「信州賛歌」を開催します。
≪白馬亭≫≪白馬の森≫≪水辺の朝≫は記念展Ⅰ「白い馬の見える風景」に展示されています。
◆◇◆次回をお楽しみに!◆◇◆