深呼吸倶楽部 しんこきゅうくらぶ 城戸真亜子 アート散歩 美術館 長谷川等伯 平成館 上野公園


●城戸真亜子(きど まあこ)
画家。武蔵野美術大学油絵学科卒業。
1981年 女流画家協会展、1988年VOCA展入選。
1986年よりほぼ毎年個展開催。近年は「水紋」をテーマにした作品を制作。
1997年 京都木津にオブジェ
1997年 東京湾アクアラインPA海ほたるに壁画
1998年 静岡駅ビルに壁画
2005年 荒川区南千住の再開発地にオブジェなど、パブリックアートも多数製作。
画業のかたわら食器デザイン、エッセイ執筆、テレビ出演など幅広く活動を展開。
◆城戸真亜子公式ホームページ http://www.maako.jp/
長谷川等伯展 平成館 上野公園
今日は、私も大好きな日本の絵師、長谷川等伯展をご紹介します。長谷川等伯の作品、特に 「松林図屏風」 には強く惹かれるものがありますが、実際に作品を観る機会は、それほど多くありません。今年は長谷川等伯の没後400年にあたるため、上野で大規模な回顧展が開催されています。「松林図屏風」はもちろん、国内にあるほとんど全ての作品を網羅した展覧会だと聞いて、さっそく出かけて行きました。まずは順路に沿って観ていきます。
長谷川等伯 楓図壁貼付
展示室内でひときわ目を引くのは、太い幹が画面を貫く 「楓図壁貼付」 です。金地の画面中央に楓の太い幹、上から左右に勢いよく伸びる二本の枝、そして足元に秋草が描かれています。枝先にはまだ緑の葉と、色づき始めた紅葉とがたっぷりと描かれ、とても鮮やかです。楓の見事な枝ぶりに目を走らせていると、枝がふいに風を受けて動き、葉のざわめきが聞こえるような気がしてきます。

楓の葉と重なり合うように描かれた萩や菊も、風の中で動いているようです。画面から植物のたくましい生命力があふれてくるようで、楓そのものになにか神々しい力が潜んでいるように思えてきます。ふと風に揺れる秋草の向こうに藍色の水に目がとまります。水面にかかる葉の一枚一枚は一定した形のように見え、萩の葉などもきわめてデザイン的に描かれ色の重なり具合などがとても情緒的です。
等伯は、いまの石川県、能登の七尾に生まれ、染色を営む家で育ちました。そのせいでしょうか、画面に描かれた 草花がとても意匠的にみえます。日本ならではの詩情にあふれた画面は心に余韻を残します。

さらに、ひとつの画面に、他を圧倒するほど力強いものと形や色のひとつひとつまでが繊細なものを描く、その対照的な組み合わせがとても印象に残りました。この作品は、幼くして亡くなった秀吉の嫡男の菩提寺のために描かれたものだそうですが、神々しいばかりのものと 情緒あふれるものの対比のなかに生命に対する畏怖のようなものを感じます。うつろう自然の中に、なにか神々しいものを見たり、水や植物の生命力の美しさを感じたりできるのは、私も等伯と 同じ日本人だからなのだと思います。桃山を生きた等伯に共鳴する喜びをこの1枚に感じました。
「楓図壁貼付」 では、等伯の繊細な筆致に驚きました。
その対極にあるかのような筆致の作品も 「山水図襖」 も今回、出展されています。左から右へと季節が移行していく伝統的な形式で、山水景観が描かれていますが、雪を冠した山や岩肌の筆致が実にダイナミックで素晴らしいのです。
筆遣いひとつで、岩肌やねじれた灌木の枝、といった硬質なものから、遠景にかすむようにみえる雪を頂いた山の姿を描き分ける等伯の技量の素晴らしさを大きな画面で堪能できます。
その雪山を見つめていたら、私は90年代のアメリカ映画 「シザーハンズ」 に登場する雪山ヘワープしてしまいました。ジョニー・デップの演じる純粋な心を持つ人造人間と少女の交流を描いたファンタジー映画 「シザーハンズ」 では冒頭とラストで切ないほど美しい雪が降りしきります。等伯の描く静寂の世界はイメージの扉・・・しばしファンタジーの世界に遊ばせてもらえました。
私はしばしこんなふうに作品の中に入り込み、イメージの中をトリップして楽しみます。皆さんもそんな楽しみ方をしていますか?
山水図襖 長谷川等伯
長谷川等伯 枯木猿猴図 猿筆致の妙といえば 「枯木猿猴図」 にも注目です。
蔓につかまってゆらゆらと遊んでいるのでしょうか。
お猿の毛並みが風にふわふわしています。太い枝はお猿が飛び移ったせいで、ブンっと揺れた・・・
その余韻がまだ残っているように感じます。

このふわふわした毛並みの質感を描く緻密さと筆致は、フェティッシュなまでの細やかさです。お猿さんの体温が伝わってきそう。木々の間を伝うお猿の軽やかさを伝えるために、また、親子の愛情を描くために、ことさら質感を強調して描いたようにも思えます。
さて、いよいよ楽しみにしていた 「松林図屏風」 との対面です。その1点だけと向き合えるように配慮された展示空間では、一瞬にして松林の質感、空気感に目を奪われます。幽玄な世界ですが、そこには湿度を含んだ空気が漂っています。墨の濃淡と、時に粗く時にかすかに画面を走る筆の動きだけで描かれた色と湿度―私は、私が初めて長谷川等伯を意識した頃のことを思い出しました。

大学を卒業してすぐ、私は 「源氏物語」 を現代に置き換えた作品を描こうとしていました。
京都に度々通いスケッチを繰り返した日々・・・夏の京都特有の湿度を含んだ空気に押しつぶされそうになっていたとき、ふと、この世界を覆い尽くすような湿度を描きたい、と思ったのです。毎日、アトリエから見える風景や植物をモチーフに、湿度を含んだ空気を表現することに夢中になりました。そのとき、等伯の画集で「松林図屏風」を見たのです。松林の色のありよう、湿度のありかたを見て、私が描きたい 湿度感はこういうものなのだと強く思いました。毎日のように画集を穴の開くほど眺め、こういう風に描いてみたいと念じました。そして描き始めたのが「樹々とそのあいだ」というシリーズです。油彩でキャンバスに描いたそれらの作品に漂う空気感は、「松林図屏風」をイメージしたものです。長谷川等伯 国宝「松林図屏風」16世紀 東京国立博物館蔵
そして、今日、改めて「松林図屏風」と向かいあったのですが、「ああ、ここで描かれたのは冬の松林だったのだ」と感じたのです。これまでずっと「松林図屏風」は、朝もやに霞む松林を描いたのだと思っていたのですが、今日は雪景色に見えたのです。冬の松林は空気までが冷たく凛と澄んでいて、雪が降る音が聞こえます。風の音や雪の重みで枝がしなる様もありありと見えてきます。なんと臨場感にあふれた幽玄の世界なのでしょう!等伯と同じ日本人であるからこそ、等伯に共感できる、としみじみと嬉しくなりました。

実は「松林図屏風」そのものは、160cm程度の高さですから、描かれた松は実際のものより小さいのです。しかし、作品の前に立つと、描かれている以上の大きさに感じられます。じっとみつめるうちに見えなかったものが見えてくる、聞こえないものが聞こえてくる、風や雪や温度や空気の流れ、すべてを感じることができる。いつのまにか、「松林図屏風」の世界に引きずり込まれていました。装飾性の高い絵画が武家の権威を表すものとして発展した桃山時代に、時の権力者であった秀吉に重用され 活躍した長谷川等伯。政治的な背景やライバル絵師の存在などもあり、作品をめぐる人間的な逸話も多いのですが、やはりその作品には圧倒されます。
絵を楽しく観る方法は人それぞれ違うと思いますし、これが正解というものはないのですが、私がおすすめするとしたら「作品世界とスケールを楽しむ」ことがあげられると思います。作品そのものが持つドラマティックな世界に没頭して、素直に絵の世界に入り込んでいくことで、作者の心情に共鳴するという豊かな気持ちになれます。長谷川等伯展は照明も工夫され、作品ひとつひとつが際立って見えるように展示されています。お気にいりの作品をみつけて、絵の世界に入り込んでいく楽しさをぜひ味わってみてはいかがでしょうか。
註)「枯木猿猴図」の展示期間は、東京会場:前期陳列(2/23-3/7)、京都会場:後期陳列(4/27-5/9)です。

■没後400年 特別展 長谷川等伯 開催概要
■東京展 (東京国立博物館 平成館)
会期 2010年2月23日(火)~3月22日(月・休)  *計25日
会場 東京国立博物館 平成館 (台東区上野公園13-9)
休館日 月曜休館 〈ただし3月22日(月・休)は開館〉
開館時間 午前9時30分~午後5時、
金曜日は午後8時まで、土日祝日は午後6時まで(入館は閉館の30分前まで)
観覧料 一般当日1,500円ほか
主催 東京国立博物館、毎日新聞社、NHK、NHKプロモーション
一般問合せ 03-5777-8600(ハローダイヤル)  展覧会ホームページ : http://www.tohaku400th.jp/
京都展 (京都国立博物館)
会期 2010年4月10日(土)~5月9日(日)  *計27日
会場 京都国立博物館 (京都市東山区茶屋町527)
休館日 月曜休館〈ただし、5月3日(月・祝)は開館〉
開館時間 午前9時30分~午後6時、金曜日は午後8時まで、(入館は閉館の30分前まで)
観覧料 一般当日1,400円ほか
主催 京都国立博物館、毎日新聞社、NHK京都放送局、NHKプラネット近畿
一般問合せ 展覧会ホームページ : http://tohaku.exh.jp/
◆◇◆次回をお楽しみに!◆◇◆