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山下裕二の日本美術ナビゲーション
プロフィール
1958年広島県生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業、同大学院修了。
日本美術史研究者、明治学院大学教授、日本美術応援団団長、山種美術館顧問。
専門は室町時代の水墨画だが、縄文から現代まで幅広く応援する。
主な著書に『室町絵画の残像』『岡本太郎宣言』『日本美術の20世紀』など。
赤瀬川原平氏と共に「日本美術応援団」を結成し、独自の活動を展開中。
共著に『日本美術応援団』『日本美術観光団』『実業美術館』などがある
山下裕二先生
【 第1回 おすすめ美術館 】   【 第2回 新オープン 】   【 第3回 あとがき 】
この秋、新オープン 山種美術館と根津美術館
◎山種美術館 www.yamatane-museum.or.jp/
まず、先に開館を迎える山種美術館。 私はここに顧問として関わっています。
お話を頂いたのは、同館の開館40周年記念の直前で、今から3年ほど前のこと。
40周年記念展図録に寄稿し、NHKの「新日曜美術館」では山種美術館の創立者である山﨑種二氏と山種コレクションについてお話しました。
そのころ、すでに広尾に移転することは決まっていて、ちょうど、現館長の山﨑妙子さんが、どのような美術館を作ろうかと、各地の美術館を見て歩いている時期でしたから、私は岩手県立美術館を訪問することをまずお勧めしました。 岩手県立美術館
岩手県立美術館は、オーソドックスな建築で、昨今の美術館にありがちな、設計者の名前が前面に出るようなありようではないのが好ましいと思っていました。
山﨑館長はさっそく岩手県立美術館を訪れ、たいへん気に入り、同館を設計された日本設計との打ち合わせに入ったそうです。 以来、私も、新しい美術館のコンセプト作りから、展覧会企画や展示についてのアドバイスをし、新美術館開館記念の「速水御舟―日本画への挑戦―」には監修者として参画しています。




山種美術館山種美術館の建物は、地上6階建てのビルですが、美術館部分は1階と地下1階です。1階には受付、ロビー、カフェがあり地下1階に展示室とミュージアムショップがあります。
地上2階から上にはオフィスとしてテナントが入りますが、雑多な商業スペースの中にある美術館ではありません。
山種美術館のコンセプトは、
“Museum in Office”ではなく、“Office in Museum”なのです。
これはたとえば駅前の商業ビルの一角に、美術館スペースがある地方都市の典型的な例とは対照的に、美術館をメインとする建物にテナントとして企業が入り、来館者には「ここにオフィスもあるの?!」という驚きを与え、同じビルに働く人にとってはステイタスを提供するものです。 来館して頂ければわかりますが、建築家の存在が前に出ることもなく、無駄な装飾を省き、しっとりとした、上質な空間と時間を提供する大人のための美術館になっています。
館内は、空調設備や電源、展示ケースのガラスの継ぎ目など、鑑賞の妨げになるようなものが視界に入ってこないような工夫をし、照明にもこだわって、作品がより美しく見えるよう配慮しています。
さて、来館されたら、是非じっくりご覧頂きたいのが、山種コレクション展示室です。山種美術館の館蔵品の目玉となる作品を、毎年時期を決めて展示する部屋ですが、私はここに、速水御舟の作品をぽんと一点置くことを念頭に提案しました。 御舟が描いた《炎舞》を夏に、《名樹散椿》を椿の時期に、と毎年決まった時期を決めて展示するのです。 こうした展示には、先例があり、根津美術館の尾方光琳の《燕子花図屏風》、MOA美術館の《紅白梅図屏風》などが有名ですが、美術館にとっては所蔵品を認知してもらい、リピーターになってもらうことがとても重要なのです。
山種美術館

山種美術館の来館者の導線は、まずエントランスから明るいロビーを経て、地下の企画展示室へと向います。 企画展示室からミュージアムショップへと抜けると、目の前に光の壁があり、「なんだろう?」と光に導かれていくと右手に山種コレクションの部屋がある、というわけです。この展示室は、企画展示室に比べると天井が低く、壁の色もやや暗めに作られていて、より親密な空間で作品を見ていただこうとするものです。

山種美術館は、ともかく作品をじっくり見ることを第一に考えて作られた美術館なのだということを、この展示室からもおわかり頂けると思います。
さて、山種美術館の開館から6日後にオープンする根津美術館は、今回の改築のために3年半ほど休館していました。
新しくなった美術館を私もまだ実際に見ていないので、建物については報道用の資料に基づいてのお話になります。
新根津美術館の設計をされたのは、サントリー美術館はじめとする美術館建築のスーパースター隈研吾さんです。隈さんのお名前に惹かれて来館される方も多いでしょう。コンセプトは「都会のオアシスたる自然の中にある美術館」で、伝統的な庭園や茶室と、現代的な展示室とを融合させたとのこと。
根津美術館
根津美術館は、表参道からゆっくりと歩いて訪ねることができる都会の一等地にあり、しかも都会の喧騒を忘れてしまうくらいにもともと緑が豊かな敷地なのですから、この数年、開館を今や遅しと待っていたファンもたくさんいらっしゃるでしょう。
庭園や茶室でも、さまざまな演出を試みることができるので、今後さらに楽しみです。
どこを切り取っても絵になる根津美術館と比べられては、もとより負けは覚悟の上ですが、山種美術館も最善を尽くしましたよ(笑)
さて、建物のお話はこのくらいにして、いよいよそれぞれの美術館の開館記念特別展についてお話しましょう。
山種美術館の、新美術館開館記念は「速水御舟―日本画への挑戦―」という展覧会です。
速水御舟は1894年に生まれ、大正から昭和にかけて約700点の作品を描き、1935年に40歳の若さで急逝してしまった作家です。「日本画への挑戦」というサブタイトルは私がつけました。
御舟は、南画風の風景画や徹底した写実による静物画、琳派を意識した屏風など、短いサイクルで次々と新しい絵のスタイルに挑戦し続けました。本人が「梯子の頂上に登る勇気は尊い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つ者は更に尊い」と述べていますが、まさに御舟の画業は挑戦の連続でした。

御舟は、《炎舞》や《名樹散椿》のように、クオリティも完成度も高い作品を描きましたが、そのスタイルで作品を量産し続けることなく、またすぐに次のことを始めるわけです。
1930年に御舟は美術使節として渡欧します。10ヶ月に及ぶヨーロッパ訪問から帰国した御舟は、それまでほとんど制作していなかった人物画を大画面で描こうと試みました。海外で多くの人物画を眼にして帰国した御舟は、日本画の画材で現代風俗の質感表現に挑戦しようとしたのです。

今回、御舟が最晩年に描いた《婦女群像》という作品が出展されますが、これは未完であり個人蔵であったため、これまで公開されたことがありませんでしたが、今回の公開にあたり修復が施されました。
《婦女群像》は、決してうまいとは言えない作品です。 御舟は線描が苦手だったようで、人物の輪郭線などに、たどたどしいところが見られます。
先にお話した《炎舞》や《名樹散椿》も、さらさらと描線で描いた作品ではありませんし、御舟の細密画として有名な《京の舞妓》という作品も、線で描いてはいないのです。
御舟は、線描や人体デッサンが苦手であったけれども、自分が目指す絵のスタイルのために敢えて苦手なことに挑戦し、大画面の人物画を描こうと葛藤を続けた。そういう御舟の、ありのままの姿を見てもらいたいと思っています。作品の素晴らしさを誉めるだけではなく、下手で苦手な部分があることをこそ見てください。それが、御舟の「挑戦」の意味を理解することにつながります。

私は今回の図録に「日本美術のなかの御舟-その功罪」という文章を書きました。その中で、御舟が結果として戦後の日本画をダメにしたひとつの要因を生んだことを指摘しました。
御舟を目標とした以後の作家が、線描を疎かにしてしまうようになったのです。私は、こてこてと塗る だけの日本画は評価しません。もちろん、戦後もかろうじて鏑木清方や上村松園などのように、線描を大切にする作家は生き残っていましたが。
御舟の功罪というテーマについては、『月刊美術』(実業之日本社/9月19日発売)、『美術手帖』(美術出版社/10月17日発売)『別冊太陽』(平凡社/発売中)などの記事でも触れています。『美術手帖』では、現代美術作家の森村泰昌さんと対談をしていますので、関心を持たれた方はご一読ください。 今回の展覧会では、ひとつの作品を仕上げた達成感に満足することなく、常に新たなものを描こうとした御舟の姿勢と、その葛藤のなかから生まれた作品を見て、そしてまた彼が後世に与えた影響などに改めて向き合って、速水御舟とはどのような作家であったかをダイレクトに感じて頂きたいと思います。
大倉集古館
作品を実際に、自分の目で見ることのたいせつさ。 たとえば《炎舞》の背景の色、黒とも茶色ともいえない、例えて言うなら、谷崎潤一郎がその著書『陰翳礼賛』の中で語った羊羹の色のような美しさです。これは印刷ではわからない。 また《名樹散椿》の背景は、雑誌やこのサイトの画面などでは金箔のように見えますよね。実はこれは、箔ではなく、金粉を敷き詰めた「蒔きつぶし」という技法が使われています。「蒔きつぶし」とは、膠を塗った上にごく細かい金粉を均一に敷き詰める技法。村上隆もびっくりのスーパーフラットです。この技法が用いられた作品は《名樹散椿》一点 のみで、他の作品には金箔が使われています。こうした技法の違いも、ぜひご自分で見て確かめてください。
作品を、名作だとか傑作だとか代表作だとか、誰かによって評価されたことばを、その通りに受け 止めてはだめなのです。その作品が自分にとって、どう見えるかが大切なことで、作品を生で見たときにあなたが感じたことを大切にしてください。

山種美術館 チラシ
◎根津美術館 www.nezu-muse.or.jp/
さて、もう一方の根津美術館では、新創記念特別展を、今後8回に渡って、来年の秋までほぼ1年 近く開催するそうです。根津美術館のコレクションのぶ厚さをこれでもか、と感じさせる企画ですね。個人コレクションをもとにした古美術の美術館としては、質・量ともに世田谷区の静嘉堂文庫と双璧でしょう。私も30年ほど前から、何度足を運んだか知れませんが、何度訪れても「こんなものもあるのか!」と驚かされる作品にいくつも出会うことができます。
オープニングの特別展では、国宝《那智瀧図》が出展されますが、これは根津美術館でもそうは簡単にお目にかかれない。何年かに一度、という程度しか公開されない作品です。この作品は、自然そのものに神様が宿る、自然の中に神性を見る、という日本人の根本的な心情に根ざしたものです。
和歌山県・熊野にある那智の滝は、私も実際に何度も訪ねています。2年ほど前に訪ねた日はあいにく天気が悪く、厚い雲がたれこめて、滝口が見えなかったのですが、かえって天から水が降り注いでくるようでした。ああ、あそこに神様がいるな、という気持ちになりました。 皆さんも是非、お天気の悪い日に訪ねてみてください(笑)。自然の中に神様が宿る、という意味を体感できるはずです。

そのほかには水墨画の《観瀑図》も、ぜひじっくり見て頂きたい作品です。 室町時代、芸阿弥によって描かれたこの作品は、個人的にも思い入れの深い作品です。 室町時代の水墨画は、作者や制作年代のわかるものが少なく、逆にそれがわかるものを「基準作」と言い ます。基準作と比較することで他作品の位置づけが判明することもあります。 《観瀑図》はその基準作に当たる作品で、芸阿弥によって1480年に描かれたことが画賛から判明します。 
木の葉などに少し淡い色彩が施され、墨色の濃淡が細かいニュアンスを伝えています。滝の裏側に家が描かれ、滝を裏側から見る、裏見の滝の図様となっています。

根津美術館では、コレクションの数々を今後も続々と公開して行くようですし、何度行っても損はないでしょう。建築・設計の前評判も高く、色々な主張が感じられるはずです。まずはお手並み拝見といきましょう。

根津美術館 チラシ
静嘉堂文庫美術館
今月は、この秋から新たにオープンする二つの美術館、山種美術館と根津美術館をご紹介しました。
来月は、サントリー美術館で開催予定の「清方/Kiyokata ノスタルジア -名品でたどる鏑木清方の美の世界-」、三井記念美術館で開催予定の「特別展 ZESHIN・江戸最後の名匠 -欧米人が愛した柴田是真の漆工と絵画-」について、お話をします。 明治から昭和にかけて風俗画を描いた鏑木清方と、幕末から明治期に活躍した漆芸家・画家である柴田是真。魅力ある作家だけれども、実はそんなに知られていない二人について、じっくり語ります。

◆◇◆それではまた来月お目にかかりましょう!◆◇◆